近年、ヒト循環系統合シミュレーションの研究を注目されつつある。血液循環系は複雑な現象で、循環器病のみならず、糖尿病、がん治療などの疾病の発生や進行に深く関わりがある[1]。そのため、血液循環系と各臓器を連結し、血流および生体内熱と物質の輸送現象を統合的に考察する必要がある。これまで、私の行った研究内容は大別して二つがあります。すなわち、循環と末梢部分の温熱現象についての数値計算及びレーザー照射による正常生体組織、腫瘍組織と血流の熱挙動です。 |
1.血流循環と末梢部分の温熱現象についての数値計算
従来、血流の体温への影響について、実験により多くの研究がされてきた。例えば、喫煙と精神ストレスにより末梢血液流量が変化し、指の温度が低下する。血流調節の能力により男性と女性の体温調節能力も異なる。
そこで、私は血流循環と末梢部分の温熱現象について数値計算を行った。第一ステップには、指の温度に及ぼす寒冷刺激の影響について考察を行った(→ダウンロードページ(1))。解剖学の断面構造と横山らのモデル[2],[3]に基づき、指の大きい動脈管を考え、中指の二次元幾何モデルが立てられた。動脈血液の温度は37oCと仮定され、ほかの組織の温度はPennesの生体伝熱方程式[4]により計算される。シミュレーション条件としては、指はまず常温空気中に置き、次に冷水に浸入し、最後に空気中に戻る。
図1は空気中と冷水中の指温度分布を示す。
|
|
図1
Isotherms of the finger at different time. |
|
|
図2
Temperature distribution of blood and solid
tissue in the longitudinal direction of the
finger model. |
|
第二ステップには、局所の血流が指の温度分布に与える影響(→ダウンロードページ(4))について考察を行った。計算コードは白崎の二次元FEM熱流体解析コード[5]に基づき、生体熱輸送現象をシミュレートできるように発展された。超音波を用い、指の血流速度を計り、計算の境界条件として与えた。空気中の定常状態におけ、異なる血流レイノルズ数での指温度分布が得られた。レイノルズ数が高くにつれ、指温度も上がっていく傾向が見られた。レイノルズ数の範囲は20-100である。
図2は指の長さ方向の血流と組織温度分布を示す。 |
第三ステップには、一次元弾性血管の熱流体モデル(→ダウンロードページ(6))を提案した。Olufsenらの力学モデル[6]に基づき、血流と組織の熱輸送を考え、流量と血管の変化を含むエネルギー方程式を発展した。まず、一つ血管と分岐のある血管に対して、二段階Lax-Wendroff法を用い、血流流量と血管断面積を求め、それらをエネルギー方程式に代入し、温度解析を行う。さらに、人体上肢における各動脈、毛細血管及び静脈のネットワークを構築し、血流量と血流温度の関係について考察を行った(→ダウンロードページ(8))。
図3は各血管のネットワークを示す。その上、その血流モデル(→ダウンロードページ(8))と指の二次元熱モデル(→ダウンロードページ(1))を連結し、動脈、毛細血管と静脈の温度を含めた組織の温度分布について解析を行った。
図4は指モデルの概念図である。図5,6と7は各血管の血圧、指の血流温度及び指の組織の温度分布を示す。さらに、赤外線サーモグラフィにより、室内環境における上肢皮膚温度の時系列データを獲得し、FFTによりスペクトル解析を行い、血流変化を観察し、モデルとの比較を行った(→ダウンロードページ(8))。
|
|
図3
The schematic of the blood circulation in
the human upper limb.
|
|
|
図4
The Schematic of the finger in the cross-sectional
direction. |
|
|
図5
Computed Pressure signals in different blood vessels.
|
図6
Temperatures in the artery, vein, and capillary
of the finger model. |
図7
Temperature distribution in the solid tissues of
the finger model. |
以上の研究によって、末梢循環システムにおける温度調節メカニズムの解明を試みた。体内部の情報(血圧、流量、血管状態)は指の皮膚温度を通して得ることができるだろう。逆に、外部から受けた熱の刺激は体に与える影響も得られる。本研究は末梢循環の病気の診断、スポーツトレーニング、自動車の運転、義手の開発などに応用が可能であると思われる。 |
2.レーザー照射による正常生体組織、腫瘍組織と血流の熱挙動
腫瘍の血液流れは腫瘍の成長、探知、治療などに重要な役割を果たす。放射線療法、化学療法においては、腫瘍血流によって酸素の運びと腫瘍細胞に毒性薬の輸送をするので、腫瘍に十分の血流が必要である。一方、温熱療法においては、血流は主な熱消耗ルートのため、低い腫瘍血流流量が望ましい。したがって、腫瘍血流の調節によりがん治療の効率が上がることができると思われる。レーザー技術の発展は医学治療にあらゆるレーザーを提供してきた。レーザーの医療応用の一つ目的は熱エネルギーとして使われる。本研究は従来のレーザー照射に関する研究[7],[8]と著者の研究(→ダウンロードページ(8))に基づき,
腫瘍の血液流れはレーザー加熱に対してどのように変化するかを目的としている。ガンのある乳腺に対して、レーザー照射を行うとき、血流変化と組織の温度分布の解析を行った。まず、FEM熱解析よりガン組織の平均温度が得られ、そして、ガン組織における潅流率が計算でき、連成解析より加熱によるガン組織の熱挙動を考察する。
図8は異なるレーザーパワーが照射されるときの組織の温度分布と腫瘍血流の潅流率を示している。
まだ、初期段階の結果しか得られていないが、今後には、加熱による血管の変化および腫瘍内部に酸素分布の変化についてより深く検討したいと考えられる。
|
図8
Tumor blood perfusion rate and temperature
distribution in the laser-irradiated tissues
. |
|
|
[1] |
谷下一夫,
高度治療を目指すヒト循環系統合シミュレーション, 2003, 第2回メディカルインフォマテクスシンポジウム,
31-33. |
[2]
|
W.
Kahle, H. Leonhardt, and W. Platzer, Taschenatlas
der Anatomie (in Japanese, translated by J.
Ochi), 2000 (Chapter 3 ). |
[3] |
Yokoyama, S. and Ogino,
H., 1985, " Developing computer model
for analysis of human cold tolerance".
The annals of physiological anthropology,
Vol. 4, No. 2, pp.183-187. |
[4]
|
Pennes,
H. H., 1948, "Analysis of tissue and
arterialblood temperatures in the resting
human forearm ". J. applied physiology,
Vol. 1, No.2, pp.93-122 . |
[5] |
Sirazaki, M., and Himeno,
R., Unified analysis of thermal flows and
heat transfer using PC cluster (Japanese).
High Performance Computing Symposium, HPCS2002,
Tsukuba, Japan, pp. 119-124 (2002). |
[6] |
M.S. Olufsen, C.S. Peskin,
W.Y. Kim, E. R. Pedersen, A. Nadim, and J.
Larsen, Numerical simulation and experimental
validation of blood flow in arteries with
structured-tree outflow conditions. Annals
of Biomedical Engineering 28 (2000), 1281-1299. |
[7]
|
幕内雅敏, 庄司正弘, 橋本大定, 1997, "組織表面温制御下多チャンネルレーザ焦点照射治療法の開発に関する基礎的研究7年度提案公募型最先端重点分野研究開発,
成果報告会予稿集, pp.402-403. |
[8] |
Majumdar, P. and Sharma
R., 2003, Thermal Effects in Laser Irradiated
Biological Tissue, The 6th ASMEJSME Thermal
Engineering Joint Conference, TED-AJ03-210,
Hawaii. |
|
|
|